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日本学界の独島研究、「固有領土」論に異論も

記事一覧 2011.08.02 11:34

日本学界の独島研究、「固有領土」論に異論も

【東京聯合ニュース】日本の自民党国会議員に先立ち、右翼性向を持つ拓殖大学の下條正男教授が先月31日、韓国の独島領有権強化をけん制する目的で独島に近い鬱陵島に向かおうとしたところ、韓国入国を拒否された。だが、日本の学界の研究は全く違う方向に流れつつある。

 日本政府はこれまで、独島について「日本の固有領土」との主張を貫いており、下條教授は「竹島(独島)問題研究会」の座長を務め、こうした強引な主張の先頭に立ってきた。日本のマスコミがよく引き合いに出す、いわゆる「竹島専門家」でもある。

 だが、この問題を長年研究してきた日本の学者らは、下條教授と違いマスコミに登場しないものの、重要な研究成果を残している。

 その代表的なものが、京都大学の堀和生教授が1987年に公開した「1877年太政官指令」の存在だ。太政官は明治元年(1868年)から明治18年(1885年)にかけて置かれていた最高行政機関で、現在の日本の内閣の前身だ。文書によると、太政官は1877年、島根県に対し「鬱陵島と竹島(外一島)は日本と関係がないことを肝に銘じておくように」と指示した。

 これに対し「外一島は竹島ではない」との反論が提起されたが、後に太政官指令に添えられた略図までが公開され、「外一島」が独島であり、日本政府は1877年の時点で鬱陵島と独島を日本領土でないと考えていたことが明らかになった。

 最近では、「竹島は日本の固有領土」との主張以外にも、「島根県の漁夫・中井養三郎の要請で、日本内閣が1905年に主人のいなかった竹島を領土に編入した」という、いわゆる「無主地先占論」についても活発に議論が交わされている。

 比較的中立的な視角で独島問題を研究してきた名古屋大学の池内敏教授は、先ごろ日本の歴史専門誌「歴史評論」に「竹島・独島論争とは何か」と題した文章を掲載し、無主地先占論に関する議論の動向を詳しく紹介した。

 池内教授は、中井養三郎はアシカ漁を独占するため、最初に大韓帝国政府に独島の貸下げ願いを提出することを考えており、日本の内閣は当初は独島の編入に難色を示していたと説明。島根県の人々が1906年に鬱陵島で「竹島が日本の領土に編入された」と伝えると、大韓帝国の役人らが「鬱陵郡に属する独島が日本の領土だということは全く根拠がない」と反発したと紹介した。池内教授は「大韓帝国の役人らの発言には何か(法的)根拠があるはずだが、公式文書がまだ見つかっていない」とし、「研究上の空白」があると指摘した。

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