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<インタビュー>教育を通じ韓日民間交流に取り組む善元幸夫さん

記事一覧 2011.08.16 12:59

<インタビュー>教育を通じ韓日民間交流に取り組む善元幸夫さん

 小学校の教師をしながら、草の根の韓日交流を続けて来た。善元幸夫さん(61)は 両国の教育関係者らでつくる「韓日(日韓)合同授業研究会」の代表を務める。教師時代は外国出身の児童を対象にした「日本語学級」で多くの韓国人を教えた。同研究会のフィールドワークや講演依頼を受けての訪韓は数え切れない。現在は、歴史究明のために韓国の各種団体と協力も進めている。

 大学卒業後の1973年、初めて赴任したのが東京都江戸川区の葛西小学校。同校には、朝鮮半島や中国から引き揚げて来た子どもたちのための日本語学級があった。自らの希望もあり、同学級の専任となった。

 子どもたちを単に日本に同化させるのではなく、外国で生まれ育ったというアイデンティティーを守った上で日本社会に適応できるようになる教育を目指した。

 「早く日本語を学べ、日本に早くなじめ」という教育では劣等感を植え付けるだけで、差別やいじめの解決にはならない、と考える。メディアにもたびたび取り上げられるユニークな授業では、キムチを教材にしたこともある。「クサイ」などと差別の対象だったキムチの歴史や栄養化に優れた面を楽しく教えた。

 日本語学級の子どもたちは一般児童が使う教科書が使えない。子供たちの気持ちや文化的背景をしっかり理解した上で教えるため、語学学校に通い韓国語も習得した。

 韓国とのかかわりは、教室や学区内にとどまらない。1994年に韓日の教員らとともに発表会や実地研修を行う「合同授業研究会」をつくり、95年から年1回、韓日持ち回りでフィールドワークを開いている。

◇韓日で沖縄の歴史究明も

 そのフィールドワークの15回目となる沖縄大会(2009年8月)の視察の際、善元さんは衝撃の事実を知る。

 戦時中に沖縄戦で亡くなった人の名前を刻んだ「平和の礎」で、朝鮮半島出身の犠牲者は447人となっているが、実は1万人以上が軍夫として徴用され、沖縄で亡くなったと聞いた。沖縄の洞窟に慰安所があったことも知った。

 「ショックで声が出なかった」。 歴史の闇に隠された朝鮮半島出身者の沖縄での犠牲を明らかにするため、一大決心をする。当時、ニューカマー(1980年代以降、日本に渡ってきた在日コリアン)の子供たちが多く通う東京都新宿区の大久保小学校に勤務していたが、本来は2011年3月の定年退職を1年前倒し、沖縄で事実究明に取り組むことにした。

 年間の半分を沖縄ですごしている。目標は3年以内に犠牲者の全氏名を明らかにし、それを記録する施設をつくること。そのために奔走する。

 非常勤講師をしている琉球大の学生たちとともに、当時、沖縄にいた朝鮮半島出身者のことを知る人たちからの聞き取り調査するほか、韓日の官庁を訪問し当時の資料を探す。

 第17回のフィールドワークと、韓日中の教職員組合員らが集まる第6回平和教材実践交流会(16~18日)で講演するために韓国を訪れた今回は、東北亜歴史財団や各種団体に協力を要請した。

 「日本が加害者になった『もう一つの沖縄戦』を伝えていかなければならない」。残留孤児のための訴訟など、社会運動にも取り組んできた教育者の情熱は衰えることがない。(聞き手=張智彦)

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