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勤労挺身隊と働いた日本人男性 三菱社長に補償促す

記事一覧 2013.05.03 15:58

【光州聯合ニュース】「強制的に連行されて働かされた、今はおばあさんになった方々が謝罪と補償を貴社に求めている。宮永社長の勇気ある決断で解決策を見いだすことを願っている」――。

 1944年に強制動員された朝鮮女子勤労挺身隊の女性らと共に三菱重工名古屋航空機製作所・道徳工場で働いていた村松寿人さん(84)が、三菱重工の宮永俊一新社長に勤労挺身隊問題の解決を訴える手紙を送った。

 村松さんは当時の国民学校を卒業後に三菱重工へ入社し、偵察機の製作に従事した。1944年12月、東南海地震で工場が崩壊し、同僚や徴用工、朝鮮女子勤労挺身隊の少女ら約60人が圧死するなどして死ぬのを目の当たりにした。犠牲者の中に強制連行された12~14歳の朝鮮人の少女6人が含まれており、その遺族や強制動員の被害女性らが謝罪と補償を求める姿を見て、気にかかっていたという。

 村松さんは手紙で「工場では、日本に行けば学校に通えて勉強ができると誘われ、日本に連れてこられた朝鮮人の少女たちが働いていた。(職場の先輩の)妹たちは空襲を避けるため農村に疎開していたのに、同年代の朝鮮の少女たちが軍需工場で過酷な労働を強いられていることが全く理解できなかった」と振り返った。

 また、謝罪と賠償を求めた元挺身隊と三菱側の交渉が1年半も引き延ばされた末に決裂したこと、三菱側の法的対応、軍閥・財閥が中枢的な役割を果たした戦争に対する責任を国にばかり押し付ける元社長らの発言についても取り上げた。

 さらに、戦時中に三菱重工で一緒に勤務した人や同社に勤務した経験のある知人の多くが「三菱は何にこだわって戦後の補償問題にけりをつけずにいるのか。時代の先頭に立つべき巨大企業なのに情けない」と話している、と強調した。

 村松さんは「三菱名古屋・朝鮮女子勤労挺身隊の問題は決して小さな問題ではない。三菱重工が未来に恥ずかしくない名誉ある決断をすることを願い、戦時中、戦後にこの会社で汗を流した善意ある勤労国民の声を伝える」と記し、手紙を締めくくった。

stomo@yna.co.kr

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