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秋の香り漂う京畿道 漢江・幸州山城

記事一覧 2018.10.08 12:30

【高陽聯合ニュース】旅の妙味は思いもよらない場所で楽しみを見つけることだが、普段の生活圏にも意外な観光地が潜んでいる。ソウル近郊・京畿道高陽市の幸州山城一帯はまさにそんな場所だ。

幸州山城の頂上から望む漢江(高陽市提供)=(聯合ニュース)

 正確な築城年代は不明だが、築城技法が三国時代の様式であることから、6世紀以前から山城が存在していたと推定される。

 外部から接近しづらい地形の幸州山城は、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の際に権慄(クォン・ユル)将軍が日本軍を撃破した「幸州大捷(幸州山城の戦い)」が起こった場所だ。

 壬辰倭乱が勃発した翌年の1593年2月に平壌まで進撃した日本軍は、朝鮮軍と明軍の反撃を受けて漢陽(現ソウル)まで南下した後、約3万人の兵士を率いて幸州山城に攻め込んだ。

 権慄はこの地に陣を張り、9回にわたる日本軍の攻撃を激しい戦闘の末に全て退けた。

 山城に立つと眼下には漢江が流れ、視界が大きく開ける。はるか遠くに傍花大橋を望み、天気のよい日はソウルまで一望できる。

幸州聖堂=(聯合ニュース)

 山城の近くにある幸州聖堂は、1910年に建てられた歴史100年を超える教会堂だ。

 韓屋(韓国伝統家屋)造りのこの聖堂は、2010年に近代文化遺産の登録文化財に指定され、15年に完全に解体された後、復元された。木造のこの聖堂では、現在もミサが捧げられている。

幸州聖堂=(聯合ニュース)

 聖堂から5分ほど下ると、漢江沿いに造成された平和ヌリ道に出る。

 ここの「幸州ナルト(渡船場)」では、現在も漁業が行われている。1741年から続く渡しだが、近くにある食堂の駐車場の入り口に設置された標識だけが昔の名残を残している。

 ここでよく捕れるエツと呼ばれる魚は、王に献上される貴重な魚だった。

 エツを献上するため、陰暦3~4月には宮廷の役人が約50日間幸州ナルトに滞在したとの記録も残されている。

漁船が停泊する幸州ナルト=(聯合ニュース)

 日本の植民地だった1919年に起こった3・1独立運動の際には、幸州ナルトでも抗日運動が繰り広げられた。それが船の上での「船上万歳運動」だ。

 幸州ナルト一帯では、同年3月11日、24日、28日の3回にわたり、日本の弾圧を避けるため川に浮かべた船の上で万歳運動が行われた。

幸州書院址=(聯合ニュース)

 創業40年になるウナギ店を通り過ぎてしばらく歩くと、幸州書院址が現れる。

 幸州書院址には、幸州大捷で日本軍を打ち破った権慄将軍をたたえるために建てられた書院がある。

 幸州ナルトでは昔からウナギが捕れたため、この近辺にはウナギ料理の店が集まっている。

ウナギ料理=(聯合ニュース)

 また、江辺北路ではイワシの煮干しでだしを取った麺が安価で味わえる店も人気だ。

 幸州山城には、ソウル地下鉄3号線の花井駅から011番、012番、85―1番バスなどを利用して訪れることができる。

煮干しだしの麺=(聯合ニュース)

ynhrm@yna.co.kr

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