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独立運動家・安重根の殉国109年で追悼式 日本人参列者「偉大な人物」

記事一覧 2019.03.26 15:41

【ソウル聯合ニュース】初代韓国統監を務めた伊藤博文元首相を中国・ハルビン駅で暗殺して死刑になった独立運動家、安重根(アン・ジュングン)の殉国から109年となる26日、安重根義士記念館(ソウル市中区)で社団法人・安重根義士崇慕会主管の追悼式が開かれた。

追悼式で感謝の盾を受け取る鈴木氏(右)=26日、ソウル(聯合ニュース)

 追悼式には呉振営(オ・ジンヨン)ソウル地方報勲庁長や遺族、市民など約500人が出席した。宮城県の栗原市国際交流協会の菅原敏允会長、川嶋保美・前宮城県議会議員、横浜市内の中学校教員だった鈴木仁氏、佐賀県に「安重根義士東洋平和祈願碑」を建立した山崎恵子氏ら、日本からも約20人が参列した。

 安重根の「平和主義」を発信してきた鈴木氏ら3人には感謝の盾が贈られた。

 鈴木氏は授業などで、日本では「暗殺者」や「テロリスト」として知られている安重根について正しく教えようと努力してきた。全羅北道・全州の中学校を毎年訪れ、韓国の生徒に対しても安重根のことを伝えようと力を注いできた。

 鈴木氏は聯合ニュースのインタビューに対し、安重根について、「先を見越したすばらしい能力を持った人」として、「現在も(安重根が主張した)東洋平和論は通じると思う」と評価。菅原氏は「東洋平和論を言った偉大な人物」とした上で、「(両国関係が悪化している)こういうときこそ民間交流を盛んにしたい」と語った。

追悼式に出席した菅原氏=26日、ソウル(聯合ニュース)

 安重根は1879年9月、現在は北朝鮮にある黄海道で生まれた。大韓帝国皇帝・高宗の廃位、軍隊解散などで国が植民地状態になると、国外で同志と義兵を組織。1908年には義兵部隊を率いて咸鏡北道(現在の北朝鮮)に入り、対日抗戦を展開した。

 その後、再びロシア極東のウラジオストクや沿海州などを行き来しながら同志たちと国を救う方法を模索し、1909年春には同志とともに指を切り「断指同盟」を結成した。

 同年10月26日にハルビン駅で、ロシアの軍人の敬礼を受けながら各国の領事が並ぶ場所へと歩いていた伊藤博文に向けて銃を撃ち、3発全てを命中させた。中国・旅順に移され、裁判を受けている最中も日本の不当な侵略行為を非難し続けた。祖国の完全な独立と東洋平和の定着を訴えた安重根は1910年2月14日に死刑判決を受け、3月26日に殉国した。

 韓国政府は安重根の功績をたたえ、1962年に建国勲章大韓民国章を追叙している。

kimchiboxs@yna.co.kr

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