Go to Contents Go to Navigation

韓国・益山の弥勒寺址石塔 20年にわたる補修工事終え完工

記事一覧 2019.04.30 19:09

【益山聯合ニュース】百済の第30代王・武王(在位600~641)の時代に創建された、西部・全羅北道の益山弥勒寺址石塔(国宝第11号)が、20年にわたる補修工事を終えて荘厳な姿を取り戻した。

補修工事を終えた石塔=30日、益山(聯合ニュース)

 国立文化財研究所と全羅北道、益山市は30日午後、弥勒寺址で石塔の補修整備完工式を開催した。

 鄭在淑(チョン・ジェスク)文化財庁長は「1300年前の王后が安寧のために塔を建てた心をそのまま胸にとどめ、石一つ、土一握りの歴史をよみがえらせた」と述べた。

 現存する国内最古・最大の石塔である弥勒寺址石塔は、1627点の部材を組み立てて新たに完成した。高さ14.5メートル、幅12.5メートル、重さは約1830トン。塔の上に石をもう一つ乗せ、以前より30センチ高くなった。

 美術史的には木塔から石塔への進化の過程を示すこの石塔は、弥勒寺址西側の金堂址の前に建てられている。百済が王室の安寧と衆生仏道を祈願して創建した弥勒寺は、金堂と塔がそれぞれ3つある三院式の寺刹で、中央に木塔を置き、西側と東側に石塔を建立した。

石塔の除幕式=30日、益山(聯合ニュース)

 植民地時代の1915年に日本は石材の一部崩れた部分をコンクリートで応急修理した。石塔はそれから約80年そのまま持ちこたえた。

 西側から見るとコンクリートの塊のようだった石塔は、99年に構造が不安定であるとの安全診断結果を受けて文化財委員会が解体・修理を決定し、補修工事が始まった。

 翌年には石塔を保護するために巨大なプレハブが設置され、国立文化材研究所は2001年10月から本格的な解体作業を開始した。

 同研究所は設計過程を推定しながら復元を進め、破損した石材を科学的な方法で補強して再利用し、現代技術の使用は最小限にとどめるという原則を立てた。

 これにより古い石材のうち81%を再利用し、新しい石材は益山で採石された花崗岩を使用した。古い石材と新しい石材の比率はそれぞれ65%、35%だ。

1915年当時の石塔の姿(左)と補修後の姿(文化財庁提供)=(聯合ニュース)

 石材を一つ一つ取り除き、185トンに達するコンクリートを除去した後、再び組み立てるのに16年かかった。研究所は17年に組み立てを完了し、プレハブと囲いを今年初めに撤去した。

 弥勒寺址石塔は単一の文化財では最も長期間修理された事例として記録され、さまざまな研究成果が発表されている。

 国立文化材研究所によると、弥勒寺址石塔に関する学術発表は18件、研究論文14本、学位論文5本、書籍9冊が発表された。特許登録も5件に及ぶ。補修に参加した述べ人数は12万人だ。

 研究所の関係者は「年末までに研究成果と解体・補修過程を整理した報告書を発刊する計画だ」と述べた。

補修工事の様子(文化財庁提供)=(聯合ニュース)

ynhrm@yna.co.kr

キーワード
注目キーワード
スクラップの多い記事
more
more
ホーム ページのトップへ
情報をお寄せください
聯合ニュース日本語版では、イベントの開催告知、取材案内、韓国関連企業のプレスリリースなどの情報をお待ちしております。お寄せいただいた情報は、担当者が検討の上、ご紹介させていただきます。