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ソウル・日本大使館前の集会 慰安婦問題超え平和・人権の場に 

記事一覧 2019.08.13 06:30

【ソウル聯合ニュース】旧日本軍の慰安婦問題の解決を求めて毎週水曜日に韓国・ソウルの日本大使館前で開かれている「水曜集会」が14日に1400回目を迎える。

1992年1月8日に開かれた1回目の水曜集会(正義記憶連帯のホームページより)=(聯合ニュース)
今年7月24日に開かれた水曜集会=(聯合ニュース)

 水曜集会は慰安婦被害の故金学順(キム・ハクスン)さんが1991年8月に初めて自身の被害を公の場で証言した後、日本の宮沢喜一首相(当時)が来韓したのを機に92年1月8日に始まった。

 95年に日本で阪神淡路大震災発生した際に中止され、2011年3月に東日本大震災が発生した際には追悼集会に変更されたが、その2例を除き、水曜集会は毎週開催された。

 約27年の歴史の中で、被害者は一人ずつ亡くなっていったが、戦争犯罪の認定や公式謝罪、法的賠償を日本政府に要求する市民の声は回を重ねるごとに大きくなっている。

 ◇27年受け継いできた一貫した訴え 「日本は公式謝罪・法的賠償しろ」

 毎週水曜日の正午、ソウルの日本大使館前には、慰安婦被害を象徴する「黄色い蝶」があふれる。

 手製のカードに「きょうが最後の水曜日になることを」、「おばあさんの失われた青春を取り戻してください」などと書いた人たちは老若男女、国籍などと関係なく日本政府の真の謝罪と反省を促して声を高める。

 36の女性団体で構成された市民団体「韓国挺身隊問題対策協議会」が集会を始めた当時は一つのテーマの集会が30年近く続くとは誰も考えていなかった。

 当時、約30人の参加者は「挺身隊事実真相究明」などのメッセージとともに、日本大使館周辺を歩き、慰安婦の強制連行の事実認定や公式謝罪、被害者に対する賠償、犠牲者の追悼碑建設などを要求した。

 初めての集会には周囲の視線を意識して参加できなかった被害者も7回目の集会が開かれた1992年2月26日から参加し、自分たちの経験を世間に向けて発表した。

 一週も欠かすことなく続いた水曜集会は1993年に100回を超え、2002年に500回、2011年に1000回を突破した。慰安婦被害者を象徴する「平和の少女像」も集会が1000に達したことを記念して設置された。

 韓国政府が認定した慰安婦被害者240人のうち、生存者は20人で平均年齢は約91歳になった。

 ◇水曜集会は人権を学ぶ場であり平和教育の場

 水曜集会を開催する「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」(旧称・韓国挺身隊問題対策協議会)は被害者の訴えが慰安婦問題を越え、世界の人権や平和問題にまで広がると話す。

 同団体のハン・ギョンヒ事務局長は水曜集会について、当初は寂しくスタートしたが、最近では青少年をはじめ市民の参加が大きく増えたとし、「全世界的に反人権的な行動に対抗し、参加する場の役割を果たす」と話した。

 また「これまでの集会を通じて(旧)日本軍の性奴隷制の問題が戦時性暴力被害を受けた女性の人権問題という点を全世界に知らせ、国際的人権基準を決める役割をした」と強調した。

 戦争被害の当事者である慰安婦被害は基金などを通じ、コンゴ、ウガンダ、コソボなど内戦があった国の戦時性暴力被害者らと連帯してきた。

 ハン氏は「水曜集会は日本の公式謝罪と法的賠償を要求するところで終わるのではなく、未来の世代が共に参加して人権を学び、平和の大切さを学ぶ教育の空間」と話した。

 光復節(日本による植民地支配からの解放記念日)を翌日に控えた14日には1400回目の水曜集会と、第7回「世界慰安婦の日」の記念行事が行われる。

 世界慰安婦の日は、1991年8月14日に慰安婦被害者の故金学順さんが初めて自身の被害を公の場で証言したことを記念する日で、2012年末に開かれた慰安婦問題解決に向けた「アジア連帯会議」で制定された。

 この日の集会は「加害国日本は被害者の声を聞け」がテーマ。韓国各地のほか日本や英国、オーストラリア、ニュージーランドなど世界10カ国・地域の34都市で同時開催される。

yugiri@yna.co.kr

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