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全斗煥氏「米国の助け必要」 79年クーデター直後の米機密文書公開=韓国

記事一覧 2020.05.15 20:08

【ソウル聯合ニュース】韓国の全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領が、1979年12月12日の粛軍クーデターの直後に駐韓米国大使と面談し、軍部内の反対勢力を完全に制圧できないことに不安感を示していたことが、15日に公開された資料から分かった。

78年7月26日、グライスティン駐韓米国大使(左)と会談する崔圭夏首相(資料写真)=(聯合ニュース)≪転載・転用禁止≫

 米大使は本国への報告で、全氏と新軍部を1908年にトルコで軍事革命を起こした若い将校らを意味する「Young Turks(青年トルコ人)」にたとえ、米国の助けを望んでいるとの判断を示した。

 こうした当時の状況は、米国務省が韓国外交部に提供した43件(約140ページ)の光州民主化運動(光州事件)関連の外交文書を通じて確認された。全氏は79年12月の粛軍クーデターで権力を掌握。翌80年5月の光州事件を武力鎮圧するなどし、同年8月に大統領に就任した。95年に内乱首謀や収賄などの容疑で逮捕され、97年4月に大法院(最高裁)で無期懲役の判決が確定したが、ほどなく特別赦免された。

 韓国政府は、徹底的な真相究明のために米政府の機密文書が必要だとする光州民主化運動関連団体の要請を受けて米国務省に資料を要請。この資料は5・18民主化運動記録館で公開された。

 ほとんどが90年代半ばに機密が解除され、部分的に公開済みの内容だが、今回は全体を確認できるようになった。

 新軍部勢力が鄭昇和(チョン・スンファ)戒厳司令官を連行した粛軍クーデターの直後に行われた、グライスティン駐韓米国大使(当時)と全氏との面談もその一部だ。

 グライスティン氏が米国に報告した79年12月14日の面談内容によると、同氏は韓国軍の分裂によって北朝鮮の挑発の可能性が高まるリスクなどについて警告した。これに対し、全氏は自身の行動がクーデターや革命ではなく、朴正熙(パク・チョンヒ)元大統領の暗殺に対する調査を終えようとする努力であり、個人的野心はなく崔圭夏(チェ・ギュハ)大統領(当時)の自由化政策を個人的に支持すると説明した。

 グライスティン氏は全氏がクーデターを事前に計画していたことを隠そうとし、クーデターで北朝鮮の挑発可能性などのリスクが高まったことに対して非常に防御的に対応したと報告した。また、全氏は現在の状況が表面的には安定しているが、軍部内の多くの鄭昇和氏支持者が今後数週間に状況を正そうと行動する可能性を懸念したと伝えた。

 さらに、「当然、全氏と同僚ら(反対勢力)は軍事的反撃を阻止するのにわれわれの助けを受けたがっている」とし、米国は今後数週間、数カ月の間に非常に困難な選択をしなければならない可能性もあると記した。

 全氏は米国が朴正熙氏の暗殺に介入し、朴氏を殺害した金載圭(キム・ジェギュ)元中央情報部(KCIA)部長の刑を軽くするよう圧力をかけていたとのうわさを鎮めるために苦労していると警告し、これに対しグライスティン氏は米国の介入を強く否定した。

 グライスティン氏は面談前日に国務省に送った文書で、粛軍クーデターを将校らの緻密な計画による事実上のクーデターと規定した。

80年5月18日、光州で市民や学生が軍事政権の退陣を求めて大型バスを先頭にデモを行っている(資料写真)=(聯合ニュース)≪転載・転用禁止≫

ynhrm@yna.co.kr

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